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東京高等裁判所 昭和52年(う)545号 判決 1977年11月30日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人新美隆作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官宮代力作成名義の答弁書に各記載されたとおりであるから、これを引用し、これに対して、当裁判所は、記録を調査し、当審における事実取調の結果に基づき、つぎのとおり判断する。

一  控訴趣意第一点(事実誤認の論旨)について

所論は、要するに、原判決は、被告人の被害者茂木登に対する暴行(傷害)の事実を認定しているが、被告人は前判示認定のような暴行行為に及んだことはなく、原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな事実の誤認がある、というのである。

しかしながら、原判示事実は、原判決のかかげる証拠によって優に認められるのであり、所論にかんがみ、記録を精査し、当審における事実取調の結果(被告人の当審における供述)を総合しても、原判決には所論のような事実の誤認はない。

所論は、茂木登、大津栄両証人は、本件当時被告からみて左隣にいたゼッケンを付けた男性の行動と被告人の行動とを混同しており、供述の信用性はきわめて疑わしい旨指摘するが、原判決が右両証人の供述の信用性に関し、(弁護人の主張に対する判断)の(1)において説示するところは正当であるというべきである。証人茂木登の原審公判廷における供述および同人の検察官に対する供述調書によれば、同人は、顔面を靴で一回蹴り上げられ、それが被告人の行為によるものであると判断した直後に、周囲の二、三名の巡視とともに即座に被告人の排除にかかったことが認められ、他方、原審公判廷における被告人の供述、右島一郎作成の写真撮影報告書(ことに写真番号⑲、ないし)によれば、被告人が排除されずに残っている時点において、すでに被告人の左隣の男性およびその後方の女性が排除されていることが認められるのであって、その男性の暴行を被告人のそれと見間違える可能性はないものというべきである。たしかに、前記写真撮影報告書によれば、本件当時被告人はゼッケンをつけていなかったのにもかかわらず、右茂木、大津両証人は被告人がゼッケンをつけていた旨供述するのであるが、被告人と右両証人との各位置関係は近接しているのであるから、人物を特定識別するにあたり、着衣等にはあまり関心をはらわずに、むしろ、より直接的に「この人である」という特定のしかたをするのが自然であるといえる。前記写真撮影報告書によれば、本件においては、集団構成員の多くの者がゼッケンをつけていたことが明らかであるから、両証人において、被告人もつけていたとの思い違いをすることもありえないことでもないのであって、右ゼッケンの点につき両証人の供述が客観的な事実と相違するからといって、それが両証人の、本件足蹴り行為が被告人によるものであるとの供述についての信用性を疑わせる事由とはならない。

論旨は理由がない。

二  控訴趣意第二点の一、二(事実誤認ないしは法令適用の誤りの論旨)について

所論は、要するに、原判決が認定した「……被告人ほか数十名に庁舎外へ退去するよう警告するなど」の茂木登の職務は、適法性を欠くものであるところ、右職務執行行為の適法性を認定し、同人に対する被告人の所為に対し公務執行妨害罪が成立するとした原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな事実の誤認ないしは法令適用の誤りがある、というのであり、適法性を欠く理由として、(1)そもそも、被告人らに対する退去命令は、庁舎管理権の濫用であって無効である(控訴趣意第二点の一の(一)、(二))、(2)被告人ら集団に対する本件実力排除行為のような直接強制は、庁舎管理権によってはとうていなしうるところではない(控訴趣意第二点の二)、と主張する。

1  右(1)の論旨について

所論は、要するに、退去命令が無効であることの理由として、本件における東京都議会本会議の一般傍聴券をすべて議員紹介傍聴券に振替えた措置が違法不当であるうえ、右措置の根拠、理由の説明を求める被告人ら一般傍聴希望者に何らこれを明らかにしなかったもので、被告人らの行動は右のような議会側の措置に対する抗議行動であるから、それに対して退去を命ずることはできない筋合である、と主張し、原判決は、右振替措置の当不当についてはまったく論じようとはせず、右措置が当日本会議の傍聴に赴いた被告人ら傍聴希望者の権利・自由にどのような影響を及ぼすかにつき言及せずに本件職務行為の適法性を肯定している、と論難する。

そこで右の点を中心に検討するが、原判決が、(弁護人の主張に対する判断)の(2)において、本件退去命令が庁舎管理権に基づく命令として適法であると説示するところは正当であるというべきである。

本件当日の東京都議会本会議の一般傍聴券がすべて議員紹介傍聴券に振替えられたことは、所論指摘のとおりである。そこで、右措置がとられた理由および退去命令が発せられるにいたった経緯についてみるに、原判決が証拠の標目欄にかかげる証拠および原審証人小松美夫の供述、押収してある東京都議会関係例規集を総合すれば、つぎのような事実が認められる。すなわち、

イ  右振替措置は、本件当日に先立つ昭和五一年三月二七日、都議会議運営委員会理事会において、東京都議会傍聴規則四条一項を根拠として決議されたものであること

ロ  右規則四条一項には、「傍聴券の種類及び交付枚数は次のとおりとする。ただし、議員に欠員が生じた場合又は特別の事情がある場合には、相互に振り替えて交付することができる。議員紹介傍聴券議員一人につき一枚一般傍聴券九十枚」と定められていること

ハ  三月二七日以前の同月一〇日、いわゆる育児休業法に基づく関連都条例案に反対する「育児休業制度反対連絡会議」等の所属員等の数十名の集団が、右関連都条例を審議する都議会本会議を傍聴し、傍聴席からのヤジで議場が騒然となり、あるいはまた、本会議終了後なかなか退場しないというような事態が発生したこと、さらに、同月二二日、右関連都条例案を審議していた企画総務委員会へ、当該委員会の一般傍聴券がすべて配付済になった後であるにもかかわらず、他の委員会の一般傍聴券を持参した数十名の者が同委員会の傍聴を要求しておしかけ、これを阻止しようとした同議会の巡視と対峙するという状況が生じたうえ、シュプレヒコール等により庁内が騒然となり、右委員会の審理が妨げられるという事態が生じたこと、また、右集団が解散する際、同集団の中から、三月二九日の本会議を粉砕するという声もきかれたこと

ニ  三月二九日の本会議は当該年度最後の本会議であり、百数件の重要案件の審理が予定されており、議会側は、三月一〇日、二二日の状況にかんがみ、前記規則四条一項にいう特別の事情がある場合にあたるものとして、二七日の議会運営委員会において、振替措置をなす旨の決定をするにいたったものであること

ホ  三月二七日の議会運営委員会の振替措置の決定の趣旨は、同日夕刻から、議会庁舎の傍聴券配付場所付近に張紙掲示されたこと

ヘ  三月二九日の本会議は、報道関係者には公開されていたこと

の各事実が認められる。

以上によれば、なるほど、議員の紹介という方法上の制約はあるが、傍聴の道が開かれているうえ、報道関係者には公開されていたのであるから、議事公開の原則(地方自治法一一五条一項)にもとるものでないことはもちろん、それ以前の三月一〇日、二二日の状況をふまえ、規則四条一項にいう特別の事情がある場合にあたるとしてとられた本件振替措置は違法不当な措置であるとは断じ難い。また、一般傍聴希望者に対し、右措置がなされた旨の周知の方法は前記「ホ」の程度で足るものというべきである。右振替措置が法令上の根拠を有さないとか、本来出席議員の三分の二以上の多数決によりはじめて可能となる秘密会を強行実現しようとしたものであるとか、傍聴希望者の傍聴の権利自由を侵害する違法な措置であるとか、育児休業制度反対運動に対する先制的弾圧であるとか、一般傍聴希望者に対し少くとも右措置をとった理由、根拠を具体的に説明する義務があるとかは所論独自の見解であって採用できない。

そもそも、本件の傍聴券の振替措置等が違法不当であるか否かの問題と、右措置等を違法不当であるとしてなされた抗議行動に対する退去命令の効力の問題とは直接的に結びつくものではないうえ、右に検討したとおり本件における振替措置等が違法不当であるとは断じ難いのであるから、右措置等の違法不当を理由に本件退去命令が庁舎管理権の濫用にあたり無効であるとする所論は採用できず、原判決が、(弁護人の主張に対する判断)の(2)において、小松管理部長が東京都議会議会局庁中取締規程五条に基づき、「必要な措置」として被告人ら集団に対してなした退去命令は庁舎管理権に基づく命令として適法であり、ひいては、右管理部長の命令を受けた茂木登の本件退去警告行為が適法な職務執行であると認定、判断したことは正当である。論旨は理由がない。

2  右(2)の論旨について

この点についての原判決の認定判断も正当である。

前掲各証拠によれば、原判決が(弁護人の主張に対する判断)の(2)において認定した事実、すなわち、

イ  三月二九日は午前一一時から議会運営委員会理事会が、午後一時から本会議が開かれる予定であったこと

ロ  都議会議会局側は、同日午前九時五〇分ころ都議会議員、職員を庁舎内に入れるためそれまで閉鎖していた正面玄関西側入口を開いたが、同所付近にたむろしていた被告人ら数十名は「なぜ傍聴券を出さないのだ。」と口々に叫びながら右入口前に立ちはだかり、議員十数名や職員数名の庁舎内への入場を阻止する行動に出たこと

ハ  午前一〇時三〇分ころに至っても被告人らの右集団は議員等の入場を妨害し続けたことから、議会局は丸の内警察署に対し警察官の出動を要請するとともに庁舎管理者である小松管理部長が管理部の職員等をしてハンドマイクで「本会議審議の妨げとなるので直ちに庁舎外へ退去することを命じます。」とくり返し警告し、同趣旨の警告文を掲示し、更に「速やかに退去しない場合には必要な措置をとる。」旨の警告をマイクで発した。しかし右集団は警告を無視し、正面玄関入口ポーチ付近にたむろしていたこと

ニ  午前一一時一〇分ころに至り小松管理部長の指揮により議事堂正面玄関入口をふさいでいる者約五〇名に対する排除が開始された。右集団は正面玄関前のポーチで扉を背にし階段の方を向いて坐り込み互いにスクラムを組んで排除されまいとした。排除は巡視その他の職員がこれを担当し、坐り込んでいる一人一人を順次引っぱり出して庁舎外である階段(一二段、約四メートル)下まで運び出すという方法をとったこと

ホ  午前一一時二〇分すぎころ、集団の半数以上の者が職員によって排除されたが、被告人を含め約二〇名(大部分は女性)が残り、正面玄関入ロポーチ上にスクラムを組むなどして排除行為に抵抗して坐り込み、「一般傍聴をなぜ禁止するのか。」「育休条例反対」「なぜ警察を呼んだ。」などと口々に叫んでいた。被告人は右集団の前列中央付近にいたが、立退きの警告及び排除行為を行っていた管理部庶務課庶務係長茂木登が被告人を排除しようとして左手を差し出し被告人の方に前かがみになった際茂木の顔面を足で一回蹴り上げたことの各事実が認められる。

右のように、適法な退去命令が発せられ、退去の説得が続けられたにもかかわらず、なお集団が右に認定したような態様において議員および議会職員の庁舎内への入場を阻止して退去しようとせず、他方、当日の議会運営上、議員や議会職員の早急な入場が必要とされる事態にたちいたっていたといえるのであるから、このような場合、庁舎管理権者は所属職員に命じて右集団を庁舎外に運び出し、あるいは押し出す程度の実力による排除行為をなし執務の正常な状態を回復しようとすることは許容されるところであるというべきである。したがって、小松管理部長が右集団に対する排除を命じた措置は適法であり、かつ、現実にとられた排除行為は前記認定の程度の態様のものであったのであるから、庁舎管理権の行使として許容される限度内のものであったというべきである。よって、茂木登が管理部長の命を受けて被告人ら集団に対してなした排除行為は適法な職務の執行であることは明らかであり原判決の認定および判断は正当である。論旨は理由がない。

三  控訴趣意第二の三(事実誤認ないしは法令適用の誤りの論旨)について

所論は、要するに、被告人の本件所為は可罰的違法性を欠くものであるところ、可罰的違法性があるとした原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな事実の誤認ないしは法令適用の誤りがある、という。

しかしながら、前記二の2において認定した退去命令および排除命令が発せられた経過、排除行為の態様、それに対する被告人の暴行の態様等からすれば、本件における傍聴券の振替措置が被告人にとって予期せぬ不当な措置と写り、右措置等に対する抗議行動として本件行為に及んだという動機、目的等を考慮しても、被告人の本件所為に可罰的違法性が認められることは明らかであり、原判決の説示するところは正当である。所論は、独自の評価、見解に基づき原判決の判断を論難するものであり採用できない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により、本件控訴は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 森眞樹 裁判官 中野久利 裁判長裁判官東徹は退官のため署名押印できない。裁判官 森眞樹)

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